警備業界では高齢化が進み、60代・70代の警備員が現場を支える重要な戦力となっています。警察庁「令和6年における警備業の概況」によると、2024年12月末時点の警備員数は58万7,848人でした。年齢構成を見ると、60歳以上の警備員は47.0%、70歳以上だけでも20.9%を占めています。
一方で、警備会社では人手不足の深刻化に加え、法定教育の運営負担、教育担当者の確保、教育記録の管理など、教育体制をめぐる課題も大きくなっています。
こうした状況のなかで注目されているのが、教育DXです。ただし、「高齢の隊員にデジタル教育は難しいのではないか」と不安を感じる経営者や管理職も少なくありません。教育DXの目的は、教育をデジタル化することそのものではなく、年齢を問わず学びやすい環境を整え、教育品質と業務効率を両立させることにあります。
本記事では、高齢化が進む警備業界において教育DXが求められる背景、警備業法におけるeラーニングの位置付け、そして60代・70代の隊員にも使いやすい教育環境づくりのポイントについて解説します。
なぜ今、教育DXが警備業界で求められているのか
警備業界では慢性的な人手不足が続いています。警備業務は社会インフラを支える重要な仕事である一方、少子高齢化の影響により新たな人材確保は容易ではありません。その結果、多くの警備会社ではシニア層が現場の中核を担っています。
しかし従来の教育体制には、いくつかの課題があります。たとえば、集合研修では教育会場までの移動が必要です。営業所や待機所が複数ある警備会社では、教育担当者が各拠点を回って新任教育や現任教育を実施するケースもあります。
また、勤務シフトとの調整、教育担当者の確保、受講記録の管理、教育資料の更新など、教育に関わる業務は少なくありません。特に中小警備会社では、教育担当者がほかの管理業務を兼務していることもあります。その場合、法定教育の実施そのものはできていても、記録管理やフォローアップに十分な時間を割けないことがあります。
教育DXは、こうした課題を解決する手段として期待されています。
さらに近年は、現場を支える隊員だけでなく、教育を担う人材の高齢化も進んでいます。教育資料や講義内容をデジタル化すれば、ベテラン隊員が持つ知識や指導ノウハウを会社の資産として残しやすくなります。教育内容を標準化することで、営業所や担当者による説明のばらつきも抑えやすくなります。
さらに、受講状況や教育記録をシステム上で管理できれば、教育漏れの防止や監査対応の効率化にもつながります。
重要なのは、高齢の隊員に無理にデジタルを覚えてもらうことではありません。年齢に関係なく学びやすい仕組みをつくり、教育担当者の負担を軽減しながら教育品質を維持することです。
警備業法が認めるeラーニングと法定教育の要件
教育DXを進める上で最初に理解しておきたいのが、警備業法におけるeラーニングの位置付けです。
2019年8月30日の警備業法施行規則改正により、一定の要件を満たした場合には、法定教育をeラーニングで実施することが可能となりました。
全国警備業協会は、eラーニングによる法定教育の要件として、次の4点を示しています。
- 受講者が本人であるかどうかを確認できること
- 受講者の受講状況を確認できること
- 受講者の警備業務に関する知識の習得状況を確認できること
- 質疑応答の機会が確保されていること
つまり、動画を視聴させるだけでは、法定教育として十分とはいえません。
本人確認、受講状況の確認、理解度確認、質問できる環境を含めて、法定教育として成立する仕組みを整える必要があります。また、eラーニングを導入したとしても、教育責任者による指導や現場でのフォローが不要になるわけではありません。警備業務は、法令知識だけでなく、現場判断や動作、緊急時対応が求められる仕事です。
そのため、教育DXは「すべてをオンライン化する取り組み」ではなく、オンライン教育と対面教育を適切に組み合わせる取り組みとして考える必要があります。
eラーニングで実施しやすい教育内容とは
法定教育の中には、eラーニングとの相性が良い内容があります。たとえば、次のような知識習得型の教育は、動画や確認テストを活用しやすい分野です。
- 警備業法や関係法令
- 基本的な服務規律
- 個人情報保護
- 接遇マナー
- 情報セキュリティ
- ハラスメント防止
- 熱中症対策や労働安全衛生
これらは、一定の内容を全隊員に共通して伝える必要があるため、デジタル教材による標準化と相性があります。
一方で、交通誘導警備における誘導動作、雑踏警備での配置確認、緊急時の初動対応、防護資機材の使用方法などは、実際の動作確認や現場指導が重要です。こうした内容は、動画で事前学習を行ったうえで、対面教育やOJTで確認する形が現実的です。
たとえば、次のような組み合わせが考えられます。
- 基礎知識はeラーニングで学ぶ
- 現場動作は対面教育で確認する
- 配置後はOJTで実践力を高める
- 理解度や受講履歴はシステムで管理する
教育DXは、集合教育をすべてなくすことではありません。人による指導が必要な部分を残しながら、デジタル化できる部分を効率化することが重要です。
高齢化が進む現場で求められる教育環境とは
教育DXを成功させるためには、システム導入そのものではなく、現場で継続的に利用できる環境づくりを重視する必要があります。
特に60代・70代の隊員が多い職場では、以下のような視点が重要になります。
移動負担を減らす
集合研修では、会場までの移動が必要になります。地方部では営業所までの移動時間が長くなることもあり、隊員にとって体力的な負担になる場合があります。
eラーニングを活用することで、自宅や営業所から受講できる環境を整えられれば、隊員の負担軽減につながります。特に高齢の隊員にとって、移動時間や待機時間を減らせることは、教育を受けやすくするうえで大きな意味があります。
シンプルな操作性を重視する
教育システムは高機能であるほど良いとは限りません。ログイン方法が複雑だったり、画面遷移が多かったりすると、受講前に戸惑ってしまう可能性があります。
60代・70代の隊員にも使いやすい教育環境をつくるには、次のような設計が重要です。
- 文字が大きく読みやすい
- ボタンが分かりやすい
- 操作手順が少ない
- スマートフォンでも見やすい
- 受講開始までの流れがシンプル
- 困ったときの問い合わせ先が明確
これは高齢の隊員だけのためではありません。複雑なシステムは、若手隊員にとっても使いづらく、利用率の低下につながります。
教育DXの成功は、管理者側の使いやすさだけでなく、実際に受講する隊員の視点で設計できるかどうかにかかっています。
繰り返し学習できる環境を整える
集合研修では、一度聞き逃した内容を再確認することが難しい場合があります。一方でeラーニングは、必要な箇所を繰り返し視聴できるというメリットがあります。
特に事故防止や緊急時対応など、安全に直結する内容については、反復学習できる環境が有効です。また、新任教育のあとに現場へ配置された隊員が、あとから不安な箇所を見直せることも、教育の定着につながります。
デジタルが苦手な人への支援を前提にする
教育DXは、すべての隊員が同じレベルでデジタル機器を扱えることを前提にしてはいけません。
導入初期には、次のような支援が必要です。
- 営業所での操作説明
- 紙の簡易マニュアルの配布
- 電話での問い合わせ対応
- 初回受講時の付き添いサポート
- 現場責任者によるフォロー
「使えない人が悪い」と考えるのではなく、「誰でも使えるように設計する」ことが重要です。
中小警備会社でも始められる教育DXの実践ポイント

教育DXというと大規模なシステム投資をイメージするかもしれません。しかし、実際には小さな取り組みから始めることも可能です。中小警備会社でも、小さな取り組みから始めることは可能です。
まずは教育記録のデジタル化から始める
教育DXの第一歩として取り組みやすいのが、教育記録の電子管理です。紙の記録簿や受講管理表をデジタル化するだけでも、教育担当者の事務負担を軽減できます。誰が、いつ、どの教育を受けたのかを一覧で確認できれば、教育漏れの防止にもつながります。
一部の教育からオンライン化する
すべてを一度に変える必要はありません。まずは、法令知識や接遇、労働安全衛生など、座学中心の内容からeラーニング化する方法があります。
現場の反応を見ながら段階的に進めることで、無理のない導入が可能になります。
現場管理システムとの連携を検討する
教育履歴と配置管理、資格管理、法定帳簿管理を連携できれば、管理業務の効率化が期待できます。
たとえば、必要な教育を受けていない隊員を配置前に確認できる仕組みがあれば、教育漏れや管理ミスを防ぎやすくなります。
ただし、機能の多さだけで選ぶのは危険です。実際に現場で使えるか、シニア隊員でも受講しやすいか、管理者が運用し続けられるかを確認する必要があります。
導入前にシニア隊員へ試してもらう
システム選定時には、管理職だけで判断しないことが大切です。実際に利用する隊員、特に年齢の高い隊員に操作してもらい、次の点を確認しましょう。
- ログインで迷わないか
- 受講開始までスムーズに進めるか
- 文字やボタンは見やすいか
- 動画やテストの操作は分かりやすいか
- どの程度のサポートが必要か
導入前に現場の反応を確認しておくことで、導入後の混乱を減らしやすくなります。
教育DX導入で失敗しやすいケース
教育DXは、システムを入れれば自動的に成功するものではありません。運用面の準備が不十分だと、十分な効果を得られない可能性があります。
システムだけ導入して説明を行わない
「使えば分かるだろう」という考え方は避けるべきです。
特に初回利用時には、ログイン方法や受講方法でつまずく隊員が出る可能性があります。導入時には説明会や操作研修を行い、受講開始までの不安を減らすことが重要です。
現場責任者が使い方を理解していない
教育担当者だけがシステムを理解していても、現場責任者が使い方を把握していなければ運用は定着しません。隊員から質問を受けたときに、現場責任者が基本的な案内をできる状態にしておく必要があります。
現場の意見を聞かずに導入する
管理者にとって便利なシステムでも、受講する隊員にとって使いにくい場合があります。導入前には現場の意見を確認し、必要に応じて試験運用を行うことが望ましいでしょう。
導入前に確認したいチェックポイント
教育DXを検討する際には、次のポイントを確認しておきましょう。
□ 警備業法上のeラーニング要件を満たしているか
□ 本人確認、受講状況確認、理解度確認ができるか
□ 質疑応答の機会を確保できるか
□ シニア隊員でも操作しやすい設計か
□ スマートフォンで見やすいか
□ 受講記録を適切に保存できるか
□ 教育履歴を管理者が確認しやすいか
□ 導入時のサポート体制があるか
□ 現場責任者が運用を理解できるか
□ 自社の教育体制に合っているか
教育DXは「コスト削減」だけが目的ではない
教育DXの効果として、教育担当者の負担軽減や事務作業の効率化が注目されることがあります。もちろん、それらも重要なメリットです。しかし、教育DXの価値はコスト削減だけではありません。
教育品質を均一化できる
営業所や教育担当者による指導内容の差を減らし、会社として統一した教育を提供しやすくなります。特に複数拠点を持つ警備会社では、教育内容の標準化が現場品質の安定につながります。
教育履歴を管理しやすくなる
受講記録をデジタル化することで、法定教育の実施状況を把握しやすくなります。教育漏れの防止や監査対応の効率化にもつながります。
人材定着にもつながる
教育環境の整備は、隊員が安心して働ける職場づくりにも関係します。
新任隊員にとっては学びやすい環境となり、シニア隊員にとっては移動負担の軽減や繰り返し学習の機会につながります。
教育DXは単なるデジタル化ではなく、人材を育て、支えるための基盤整備と考えることが重要です。
まとめ
高齢化が進む警備業界において、教育DXは単なる業務効率化のための取り組みではありません。60代・70代の隊員を含め、年齢に関係なく学び続けられる環境を整えるための手段です。
まずは、自社の法定教育にどれだけの時間と人員を投入しているのかを整理することから始めてみてください。その上で、教育記録のデジタル化やeラーニングの活用など、小さな改善を積み重ねることが、教育品質の向上と人材定着の両立につながる教育DXへの第一歩になります。
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