警備業界では、この1年の振り返りとして「新人教育がうまくいったか」「育成の仕組みが機能したか」を確認することが、来年度の安全性と定着率を左右します。
とくに交通誘導(車両・歩行者を安全に誘導する業務)、雑踏警備(イベントや商業施設での人流管理)、施設警備(巡回・出入管理などの常駐業務)といった職務は、人の動きや環境変化を読む力、安全確保に必要な判断力など、多くのスキルを伴う仕事です。一方で、新人が教育の途中でつまずき、そのまま不安を抱え込んでしまうと、十分なパフォーマンスが発揮できないまま現場に立つことになります。これが事故リスクの上昇や離職につながるケースも少なくありません。
だからこそ、教育担当者・現場管理者が「どのように教えるか」を定期的に見直すことは、現場の安全性を高め、組織として長期的に安定した運営を実現するための重要な取り組みになります。
本記事では、この1年間を振り返りながら、来年度の教育品質を高めるために、見直しておきたい10の観点 を紹介します。どれも明日から実践できる現場視点の改善策なので、参考にしてみてください。
押さえておきたい「教育の原則」

① 「理解したつもり」ではなく“行動できる状態”をつくる
教育において最もやってしまいがちな落とし穴が、
「説明した=理解した」と思い込むことです。しかし警備の仕事は、知識を持っているだけでは不十分で、実際に行動として安全を確保できて初めて意味があります。
例えば交通誘導では、合図の角度、手の速度、立ち位置、声の大きさなど、多くの要素が絡み合って初めて「安全な誘導」が成立します。
新人は説明だけでは動きをイメージできないため、実演・ロールプレイ・模擬動作などを組み合わせ、「できる状態」を丁寧につくる教育が不可欠です。
② 経験者が共有してきた“実務上の注意点”を言語化して伝える
警備の仕事には、現場を見て経験を積んだからこそ分かる注意点があります。
しかしそれらは「慣れれば分かるよ」という形で曖昧に伝えられがちで、文章化されていないため、新人は自分で気づくまで時間がかかってしまいます。
例えば交通誘導では、
- 車両ライトが眩しい状況では立ち位置を少し変える
- ドライバーが誘導者を認識しやすい姿勢を保つ
といった細かな行動が安全に直結します。
雑踏警備では、
- 人が滞留しやすい場所の前兆を察知する
- 群衆の流れが滞る“詰まり点”を視覚的に捉える
といったポイントが事故防止の鍵になります。これらは長年の教育現場で繰り返し共有されてきた「実務的な指導ポイント」であり、新人にとっては特に価値の高い学びです。
感覚的に理解している先輩が多いからこそ、教育の場で明確に言語化して伝えることが、習熟を大きく加速させます。
③ “相談しやすい空気づくり”も教育の一部
新人教育がうまくいくかどうかは、内容そのものよりも、「質問しやすい環境かどうか」 に左右されます。
単独勤務が多い警備業では、不安や疑問を一人で抱え込むと、そのまま現場でのミスや心理的負荷につながってしまいます。
重要なのは、
- 日常的に声をかける
- 困ったときに助言できる距離感を保つ
- 新人が間違っても頭ごなしに叱らない
といった小さな積み重ねです。
これらはすべて、教育の効果を高め、新人が安心して働ける土台になります。
教え方アップデート10選

① 教育目的を最初に明確に伝える
新人にとっては「なぜこの動作を覚える必要があるのか」が分からないと、納得感が持てず習得速度も遅くなります。
例えば、
- 基本姿勢は「事故を防ぐための最も重要な構え」
- 誘導棒の動きは「ドライバーへのメッセージ」
- 雑踏警備の立ち位置は「安全に流れをつくるための要」
といった目的を最初に共有することで、動作への理解が深まり、学習効果が高まります。
② 動作は“見せて”伝える(動画・実演・ロールプレイ)
警備の仕事は動作の細かさによって安全性が大きく変わります。
文章説明だけでは伝え切れないため、実演、動画、ロールプレイなど視覚的な教材は非常に有効です。
- 手信号の速度
- 誘導棒の角度
- 立ち位置の体の向き
- 歩行者との距離感
これらはすべて、“見ないと分からない”部分が大きいため、教育手法の中心に据えるべきポイントです。
③ 新人がつまずく場面を最初に共有する
新人は、予期せぬ場面に出会うと不安が一気に増します。
そのため、教育段階で 「新人が最初に必ずつまずくポイント」 を教えておくと、メンタル面での負担が大きく軽減されます。
《典型的なつまずき例》
- 車両が思ったより速くて焦る
- 雑踏で“人の波”が読めない
- 巡回ルートを覚えきれない
「それは普通に起きることだよ」と伝えるだけで安心感が生まれます。
④ Small Success を積ませる(成功体験を意図的に演出する)
新人が続けられる理由の多くは、
「できた」という実感を早期に持てたかどうか
にあります。
教育担当者が意識的に、
- 昨日より良かった点
- 改善につながった点
- 説明を素直に反映できた点
を丁寧にフィードバックすることで、成長意欲が大きく高まります。
⑤ 成長を可視化する仕組みをつくる
チェックリストや評価シートを使うことで、何ができていて何が不足しているかが明確になります。
これにより、
- 新人は「今の自分の位置」を把握できる
- 指導者は「重点的に教える部分」が分かる
- 企業として教育の質を一定に保てる
というメリットがあります。
⑥ 現場動画を使って“振り返り”を行う
スマートフォンなどで撮影した短い動画を用いて指導者と一緒に振り返ると、新人は客観的に自分の動きを理解できます。
- 誘導棒の高さ
- 足の運び方
- 周囲の見渡し方
など、修正ポイントが瞬時に伝わります。
⑦ 季節ごとに教育内容を切り替える
警備は季節によってリスクが大きく変動します。
《冬》
- 寒さによる集中力低下
- 手先の冷えで動きが鈍る
- 日没の早さによる視認性低下
《夏》
- 熱中症リスク
- 顔の方向が反射で見えにくい状況
《秋》
- イベント増加による雑踏管理の強化
これらに対応する教育を“年間カリキュラム”として設計することで、新人の現場適応力が高まります。
⑧ 指導者間で“教え方”を統一する
新人が混乱する代表的なケースが、
「指導者によって言うことが違う問題」です。
例えば、
- 合図の速度
- 立ち位置の取り方
- 声かけの基準
が異なると、新人は自信を失います。
会社として「最小限の共通ルール」を設定し、教育担当者同士で定期的に確認し合うことが重要です。
⑨ 行動の“理由”を必ず伝える
「とにかくこうしなさい」だけでは新人は理解できず、応用が利きません。
理由を伝えることで、判断の土台ができます。
例えば、
- なぜ夜間は立ち位置が重要なのか
- なぜ横断誘導では後方車両の速度を見る必要があるのか
- なぜ巡回では“気になる違和感”をメモに残すのか
理由が分かるほど、新人の行動は安定し、安全度が高まります。
⑩ 新人の声を教育改善に反映させる仕組みをつくる
教育は一方通行ではなく、
新人の声を吸い上げることで質が向上します。アンケートやヒアリングを定期的に行い、
「分かりにくかった」「もっと練習したい」
といった声を教育改善に反映させることで、教育の効果は大きく高まります。
教え方を見直すと現場の“安全水準”が変わる
教育が変わると、現場の雰囲気そのものが良くなります。
ミスが減り、コミュニケーションが増え、現場責任者と新人の信頼関係が生まれるためです。
さらに、
- 離職率の減少
- 安全行動の習慣化
- 事故リスクの低下
- ベテランの負担軽減
といった好循環が生まれ、会社全体の力が底上げされます。
教育は「時間がかかるもの」というイメージがありますが、小さな改善でも積み重ねると大きな成果になります。
まとめ 10項目を“来年の教育計画”に落とし込む
最後に、年間計画に取り入れたい10項目です。
- 教育目的の明確化
- 動作の見える化
- つまずきの事前共有
- 成功体験を積ませる
- 成長の可視化
- 動画による振り返り
- 季節ごとの教育切替
- 指導の統一
- 安全行動の理由説明
- 新人の声の反映
教育を見直すことは、現場の安全と職員の働きがいを守るための“投資”です。
ぜひ今年の振り返りとして、10項目の改善ポイントを取り入れてみてください。
警備NEXT(警備ネクスト)では、現場で役立つ知識や警備員の声をこれからも発信していきます。日々の勤務に少しでも役立ててもらえたら幸いです。
参考資料・出典
・警察庁:令和6年中における警備業の概況
・警視庁:警備業に関する各種手続
・警視庁:警備員に対する教育時間
・全国警備業協会:警備業とは
・全国警備業協会:教育と資格
・厚生労働省:安全衛生教育(職場のあんぜんサイト)
・厚生労働省:未熟練労働者に対する安全衛生教育
・厚生労働省:人材確保・職場定着に関する施策