警備業界は「人が財産」と言われるほど、隊員一人ひとりの経験や判断力が安全を左右する仕事です。
しかし、近年は人材不足や高齢化が進み、現場を支えるベテラン警備員が少しずつ退職を迎えつつあります。その一方で、新しく入職する若手や未経験者は増えていますが、経験値の差をどう埋めるかが大きな課題となっています。
警察庁の調査でも、警備員の勤続年数は「1年以上3年未満」が最も多いことが示されており、新人警備員の定着率の低さが業界全体の悩みとなっています。
そこで注目されているのが、ベテランの知識や技術を“仕組み化”して伝承する「先輩サポート制度」です。本記事では、その仕組みや実際の事例などを紹介します。
先輩サポート制度とは
制度の基本的な考え方
先輩サポート制度とは、経験豊富な警備員が教育担当や現場アドバイザーとして新人をサポートする仕組みです。従来のOJT(On the Job Training / 日常の業務を通じて行う教育)に近いものですが、企業が制度として明確に定めている点が特徴で「メンター制度」などとも呼ばれています。
例えば、交通誘導警備(道路工事や駐車場での誘導)では、現場での瞬時の判断力や合図の出し方が重要です。ベテランの先輩が隣に立ち、リアルタイムで指導することで、新人は安心して業務を覚えることができます。
教育マニュアルとの違い
マニュアルや研修資料では伝えきれない「現場感覚」を補える点が大きな強みです。
施設警備(商業施設やオフィスビルの警備)では、不審者対応や急病人発生時など、マニュアルに書かれていない“想定外の場面”が多々あります。こうしたケーススタディをベテランが共有することは、新人の成長に直結します。先輩の「あの時はこう対応した」という生きた経験は、何よりも価値ある教材となります。
先輩サポート制度導入への4つのステップ
先輩サポート制度を成功させるには、大規模な体制をいきなり組むのではなく、まずは社内で実践しやすい形で小規模にスタートを切ることが重要です。
1. 担当する業務の選定
全ての業務に一度に広げるのではなく、まずは 定着率が低い、あるいは危険が伴いやすい業務 を対象に試行するのが効果的です。
具体的には、交通誘導警備(道路工事や駐車場誘導など)や巡回業務(施設内の巡回点検)といった現場を優先すると、教育効果を早期に確認しやすくなります。
2. 教育担当(先輩)の選定
指導する先輩を選ぶ際には、経験年数や知識量だけでなく、 「教える意欲があるか」「後輩の気持ちに寄り添えるか」 といったコミュニケーション能力を重視することが大切です。単なる“ベテラン”ではなく、“後進育成に前向きな人材”を選ぶことで制度の定着率が高まります。
3. 目標の明確化
新人だけでなく先輩の役割も明確にすることが大切です。
新人には「最初の2週間で単独勤務が可能になること」など、達成しやすく具体的な目標を設定します。同時に、先輩側には「その目標達成までをサポートする」という責任範囲を伝え、双方の役割を明確にすることが重要です。
4. 教育時間の確保
現場は忙しいことが多いですが、教育が“空き時間の合間”になってしまうと制度の効果は薄れます。
そのため、最低でも週1回・30分程度 は現場を離れて面談を実施し、形式的な指導にならないよう会社として教育時間を制度的に確保することが求められます。
まずは小規模な業務や現場に限定して制度を導入することで、負担を抑えつつ実効性を検証できます。小さな成功体験を積み重ねることで、制度を全社的に展開する際の基盤を整えやすくなるでしょう。
制度を根付かせるためのポイント

1. 先輩側へのインセンティブ
「教えること」が追加の負担にならないよう、企業側は指導役に対し指導手当の支給や人事評価への加算を検討することが望ましいです。ベテランのモチベーション維持が、制度成功のカギを握ります。
2. サポート体制の仕組み化
教育を属人的な関わりに任せるのではなく、定期的なフィードバックシートや教育記録を残す仕組みを導入することで、教育の質を均一化できます。これにより、誰が担当しても一定水準のサポートを提供できるようになります。
3. キャリアパスとの連動
先輩サポートを担った人材が、将来的に「教育担当」や「現場管理者」へ昇格できる仕組みを用意すると、双方にメリットが生まれます。新人も「自分もいつか先輩のようになれる」と将来像を描きやすくなり、キャリアに対する不安が軽減されます。
このように制度をキャリア形成と結びつけることで、ベテラン・新人双方にとって持続的に価値のある仕組みとなります。
伝承の仕組みが業界を強くする
警備業務は「人」がすべてです。AIやロボットの導入が進んでも、最終的な判断や人との信頼関係は警備員が担います。そのため、ベテランから新人へ経験を伝えることは業界全体の課題であり、未来への投資でもあります。
先輩サポート制度は、新人教育の強化だけでなく、ベテランのキャリアを活かす舞台ともなっています。
教育担当者や人事担当者の皆さまにとって、定着率向上・キャリアアップ研修の実効性向上を同時に実現できる有効な手段と言えるでしょう。
次のステップとしては、自社の教育体制を見直し、“誰が” “どのように”新人を支えるかを制度として整えることが重要です。ベテランの知恵と技を次世代につなぐことが、警備業界全体の持続的な発展につながります。